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    訪問して知り得た情報、なるほどと感心したこと

    佐々木酒造は明治26年創業、現在119年続いてきた造り酒屋である。社長の佐々木晃様で4代目となる。社長曰く酒屋で100年ちょっとはまだまだ若い方で、老舗というには早すぎるとおっしゃっていた。社長のお兄さんは今ドラマ、映画、舞台で活躍中の佐々木蔵之介さんである。(元々酒屋を継ぐため神戸大農学部でバイオの研究をされていたが在学中演劇に目覚め、芸能界へと旅立ってしまったそうである)

    酒造りというのは、広大な農地を持つ米どころに多い職業である。しかし何故、都会の京都で、全国的にも有名な数々の酒造メーカーが存在するのか。その訳は以前1200年もの間京都は都であり、今でいうところの税金である年貢米が全国から集まってきた。

    よって米には困ることがなかった。それともう一つの理由はこれは現在でもそうなのだが、京都市内の地下には琵琶湖に匹敵するほどの水がめがあり、大変豊富で良質な水が入手できたことであるという。そうしたことから明治時代までは京都の中心(洛中)に100以上の造り酒屋があり、それぞれが独自の酒を造っていたそうだ。

    今では街中にその名残はなく、唯一残っているのが今回の訪問先である佐々木酒造さんである。あとは洛中の周辺に数件残っている程度である。それぞれのお店は規模が小さく、ほんの十数年前まではその卸先として大手の月桂冠がほとんどであったそうだ。つまり月桂冠への樽売りで生計を立てていたことになる。

    それは酒造りには当時の大蔵省の厳しい管理体制の中で生産量、販売量ともに限定されており、月桂冠といえども自社で販売先への供給量を賄うだけの酒が造れなかったという。

    そこで街中の中小の造り酒屋から購入していたそうだ。しかしその制度も20年ほど前に緩和され、自由に生産できるようになった。そこで困ったのが地元の中小の造り酒屋である。月桂冠も一気に購入量を減らすことはせず、徐々に減らしていったが、それでも月桂冠頼みの経営を長年行ってきた下請けのお店は、廃業するか、もしくはコストの安い伏見へ移転し独自の販路を見出す努力をしていくかという岐路に立たされることとなった。だが消費者向けの営業ノウハウ・販路の欠如、瓶詰の手間をかけた生産体制へ移行する努力をしてこなかったことから、廃業が相次ぐこととなった。ところがここに佐々木酒造が洛中ただ1件残る酒屋になった理由があった。

    先代(現社長の父)の3代目社長は販売することが好きだったそうである。自分の作った自慢の酒を消費者の方にそのおいしさを語りながら販売し、喜んでもらうことが好きだったという。だから月桂冠への卸分野が減り、売り上げが40%減した後でもなんとか販売量を維持してきたという。

    また現社長、晃氏もその混乱期(2,000年頃)には東京へ進出し、新参者は値段で勝つしかないとかなりのディスカウントをして店に置いてもらい、名前を広め、かつ販売量を落とさないように奮闘されたとのことだった。販売量は維持できたものの利益は大幅減少であった。ただ今では従業員さんの努力(社長はこちらを重視されていた)とお兄さんの俳優佐々木蔵之介さんの宣伝効果により、付加価値を高めた販売ができるようになってきた。

    そんな厳しい時代を乗り越えてきたが故に、今日の安定へつながっているのであろう。ところが日本酒離れという全体的な傾向は佐々木酒造さんにも大きく影響している。それもその筈、日本酒のピークは昭和48年であるが、現在の生産量(蔵数)は60%減少しているのである。特に若い方の日本酒離れが顕著で、社長が一番気にされていることである。

    以前お伺いしたのだが、日本酒のすそ野を広げようと同業者団体で様々なイベントを行い、日本酒に親しんでいただこうという活動している。しかしそういったイベントには日本酒好きの酒豪が集まり、大宴会になるという。決してすそ野の拡大には寄与していないと社長は考えた。

    そこで様々な異業種、異文化の方々とのコラボを通して、若い方に日本酒との接点を持ってもらおうと最近は活動されているそうだ。例えば、フルート奏者の音楽会に日本酒をふるまったり、お茶事の会にお茶でなく日本酒をいただく奇抜な会を開いたり、京料理の老舗の若旦那とコラボし、日本酒をおいしくいただける料理を出していただき、日本酒と京料理の絶妙な調和を楽しむ会を開かれたりされている。

    更に京都企業の大きな特徴であるものづくりへのこだわりは捨てることなく、どんなに苦しくても原料の質を下げることなく、いいものを常に提供してきた。そんな伝統の灯を消すことなく、元文系(中国文学専攻)の晃社長も継ぐと決まってからはバイオテクノロジーの大学教授の先生方と勉強会を開き、自ら座長となって新製品の開発にも尽力されてきた。

    最近の新商品はノンアルコールの日本酒である。これはビールを初めとしたノンアルコール飲料が一世を風靡する前から研究に取り掛かっていたとのことで、実は日本酒の製造過程において、甘口の日本酒を製造する際の手法を応用してできたのである。何故甘口のお酒を造る技術に長けていたかというと、最初に申しあげた月桂冠の下請けの時代に、甘口日本酒が売りの月桂冠から甘口を作るよう指示され、その製造技術の指導も受けていたことが功を奏したといえよう。

    ノンアルコールの日本酒の発売までには幾多の試練があり、大学、行政、そして佐々木酒造の数年にわたる試行錯誤の末、今年(平成24年)発売予定であるという。その名も「白い銀明酒」。健康ドリンクとしての意味付けを行い、期間限定4月から9月に販売する。

    この飲料の開発には実はもう一つの目的がある。その販売期間がミソである。ご存じのとおり酒造りは極寒期を中心に秋の終わりから春先にかけて行われる。よって4月から9月は閑散期となる。そのため昔は農家の方々の出稼ぎで季節労働者として酒造りを行ってきた。

    その環境は今でも同じで、閑散期には必要従業員も少人数となり、雇用の確保が困難となる。そこでこの「白い銀明酒」の登場であった。この飲料を閑散期に製造販売することで雇用が守られ、従業員も安定した生活が保たれると考えたのである。爆発的な売上を期待するところである。

     

    お酒のよもやま話

    ところでお酒の造り方はご存じだろうか。簡単に言うと米のようなでんぷん質の食物を麹により糖化させ、もろみ(ブドウ糖)の状態にする。

    そして酵母を添加してアルコールを発酵させることで日本酒の原酒が出来上がる。その後の過程には酒の種類により異なるが、醸造アルコールを入れ風味を強く出して、火入れを行ってできる大吟醸や吟醸酒、そして醸造アルコールを入れないで火入れを行い、元の酒の味を楽しむ純米大吟醸や純米吟醸酒がある。更に原料の米の精米歩合により大吟醸、吟醸、本醸造と呼ばれる。

    簡単に表にすると以下のとおりである。(特定名称酒と呼ばれるもの。これ以外は普通酒)

    精米歩合 /
    アルコール添加の有無
    50%以下 60%以下 70%以下
    純米大吟醸 純米吟醸 純米
    大吟醸 吟醸 本醸造

    ちなみにワインはブドウという澱粉ではなくブドウ糖が原料であるため、糖化の過程が不要で酵母を入れるところからの製造で、日本酒に比べると簡易に作れるそうである。

    更に酒税の仕組みを教えていただいた。税務に長期間携わった私も初めてお聞きすることだった。昔は特級酒、一級酒、二級酒と分かれ、それぞれ税率が異なった。特に大特級酒は150%の税率であったそうだ。1000円の酒は2500円で売られたことになる。しかし何と現在は1リットル120円で均一である。大吟醸でも普通酒でも同じ税額である。社長曰く高いお酒ほど税金の割合が低いため、お買い得ですよ。だとか。

    いくつもの示唆に富んだお話をいただいたが、当研究会で提案している企業継続のための3つの仮説の実証・検証としてまさにあてはまる事例を中心に取り上げてみたい。

    Ⅰ.残すべきものと変えるべきものを明確に区分する

    1.残すべきもの:先祖からの教えとして、経営者は次へつなぐことが使命

    ・続けていくためにはどうしたらよいかを考えよ。身の丈に合った経営をする。拡大しすぎない。

    2.残すべきもの:食品メーカーとして品質第一。技術も原料も最良のものを

    ・産地のこだわりなく、その年良いものを各地より収集していく。米・水も例外なく、毎年最良ものを選定し、使用していく。だから契約農家は作らない。なぜなら一軒の農家に絞るとそこである年に良いものができなかったとしても、購入しなければならず、酒の品質にも影響が出る。よって市場から広く情報を集め、その中から良いものを購入する。

    3.変えるべきもの:これまでは杜氏の経験と勘に頼っていた。しかし杜氏が代わっても味を変えないようにしていく必要性がある。そのために少しずつ製造工程を変えてきた

    ・味を数値化するために最新の検査機器を導入し、データを整理し始めた。更に杜氏によって段取りが変わらないよう手順マニュアルを作成した。

    ただ最後の最後杜氏のカンも重要だと考えている。社長の思いとしては遺伝子組換え技術も使いようによっては日本酒の風味を何倍にも引き出し、品質の高い日本酒を造りだすことが可能となる。単に将来の人体への影響を危惧するだけでなく、できる範囲で使ってみることも大事だと力説された。その上で将来への影響はどんな食物でも可能性がある。今は誰も分からないのではないかと主張された。

    Ⅱ.将来のビジョンを示し、その達成のために必要な人財をトップ自ら育てる

    1.後継者として教えられてきたことは:特に何も教えられてはいない。しかしこんな時、父ならどう考えるかということはよく思う

    ・父は何でもチャレンジしてきたし、他人がしないことほど果敢に挑戦した。この考えは周りの蔵元、杜氏にも影響し、会社全体の社風となった。自分の決断時には、そんな父が、どのように考えるかということが習慣となった。

    2.自分の後継者に伝えたいことは:時代に柔軟に対応すること。時代に受け容れられなければ、生き残ることはできない

    ・造り酒屋の歴史は前述のとおりである。国税の法律に翻弄され、行政の免許制度に翻弄されることが多かった。周りの環境も大きく変わった。日本酒の需要が大きく減少し、戦略の変更を余儀なくされた。

    そんな変動の多い業界において時代を先読みできなければ、企業はあっという間に潰されてしまう。これからはもっと短期間で世界中が大きく変わろうとしている。環境変化への適合は生き残るための必要十分条件といえよう。

    3.従業員の教育方針は:販売力の強化、製造マニュアルの活用による製造平準化

    ・これからの造り酒屋は店舗・消費者への販売力が必要である。そのため営業という業務が求められる。今年若い社員を営業職として採用した。人前で話せる活動的な人材になってもらいたいと思う。

    また製造においても効率性と品質重視を両立させることが必要と考える。味に関係のない部分は機械に任す。

    例えば物を運ぶ、瓶に詰めるなどの単純作業は機械でやっている。人の手が触れる、人の目が入ることで味が変わるところにはとことんこだわる。そうしたメリハリのある製造を行うためにも、製造の平準化は必要不可欠である。

    Ⅲ.売り手よし、買い手よし、世間もっとよし

    1.お客様に向けて:同じことをやっていても成長しない。常にお客様目線で求められているものを提供していきたい。

    ・昨今流行のノンアルコール系の飲料として、日本酒の製造過程で造られるものに少し手を加えて、発酵させずにアルコールを含まない飲料として世に出ようとしている「白い銀明水」については前述のとおりだが、様々な顧客ニーズの中、健康というキーフレーズは現代人にとって欠かせない要素である。

    そこに着目し、数多くの失敗を繰り返し、産学公連携で開発された一品である。

    2.社会への貢献:本業を続けるために研究をし続けていく。品質重視の商品を安心・安全においしく造り続けることが世の中のためになることだと信じている

    ・下請け時代に大手(月桂冠等)から技術指導を受け、大変参考になった。大変細かなところまで指導を受け、おかげで現在では大手と変わらぬ技術力を持つに至った。大手ができない細かな部分での技術活用により、公的支援も受けながら、日本酒造り一筋に努力していく。

    佐々木家初代が言った一言「神棚に供えられるようなものを作りたい」。
    これは大自然を神と崇めた日本人が最も大切にしているものをお供えしてきた。お神酒と呼ばれるように日本酒はお供えの代表的なものである。それを作り続けることこそ社会への貢献そのものである。

    参加者の方からの感想の言葉で、印象的なところを取り上げた。
    ・挑戦する。失敗を恐れずに。
    ・新しいものはだめで、古いものは正しいという考えを改める。
    ・同じことばかりでは成長しない。
    以上

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    この記事を書いた人
    京都100年企業
    林 勇作

    1965年8月28日生まれ
    大阪市出身

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