私がそのお店を訪れたのは、2017年の11月の丁度55歳の誕生日でした。私は華道講師をしておりますが、華展に出瓶するために、数人の先輩と京都を訪れた時のことです。華展中は新人の私でも意外と忙しく、会議や式典など連日でイベントがあり、自由な時間がとれたのは、その日の午前中しかありませんでした。私は以前、テレビでその老舗が販売しているちりめん山椒がどうしても食べたくなり、ネットで場所を調べていたので、他の先生方から注文を受けて開店と同時にそのお店に伺いました。そのお店は通販はしていますが駅やデパートで販売をしていなかったのです。
お店はちょうどご主人様が暖簾をかけている最中でしたので早すぎたかと思いましたが、とてもやさしく店内に招き入れてくださいました。店内を見まわして、ネットで調べた商品を探しましたが、どうにも大袋しかないようです。私は味見のつもりもあり、小袋の商品が欲しかったのです。
次いで出ていらしたお母さんに、小袋はないのですか、と聞きましたら、申し訳ないけれど今は切らしているのだということでした。困ってしまいました。私だけならいいのですが、他の先生の分も含めて10袋は欲しかったのです。初めて訪れた店でずうずうしいとは思いましたが、どうしても小袋が欲しいのだという事を伝えると、お母さんは午後にいらっしゃるなら作っておいてあげると言ってくださいました。しかし、私の自由時間は午前中だけなのです。午前中にしか来られないのだという事と、遠方から来ていて時間が無いことを伝えると、お母さんは、奥の作業場へ一度入り、お父さんや息子さんと相談してくださいました。奥からお父さんの、今から作ったらえぇ、という声が聞こえます。一時間ほど待っていてくれたら、作ってくれるとのこと。申し訳なかったのですが、それ以上に有難い気持ちでいっぱいなりました。
それぐらいの時間だったら余裕がありましたので待ちますと伝えると、早速、奥の作業場にこもり、小袋を作る作業を始めてくれました。始まってから気づいたのですが、最初から小袋を作るのではなく、在庫にあった大袋を開けて小袋に分けてくれていたのです。作り直してくれていたのです。
店先の椅子に座りながら、奥でトントンと作業をしている音を聞いていました。時々お母さんが、暇そうに座っている私を気遣い、世間話をしてくれます。どこから来たのか、何をしに京都に来たのか、どこでこの店を知ったのか、など話は尽きません。お母さんの思っていた以上に遠い地方から来たことを告げると、驚いて、大儀だったでしょうとねぎらってくれました。
一時間ほどして商品が出来上がり、お母さんが奥から持ってきてくれました。皆さんのお土産にする事を伝えてあったので、たくさんの小分け袋を入れてくれて、レシートではなく手書きの領収書を書いてくれました。在庫がなかったのを申し訳なかったと何度も繰り返し謝るのですが、開店と同時に無理に小袋を大量にお願いしたこちらが恐縮してしまいました。
帰り際に美味しい食べ方も説明してくれました。次も伺うことを約束して、住所と名前をカードに記入してきました。本当にまた伺おうと思っています。期待通りに美味しかったからです。家に戻り、袋を開けると、山椒のいい香りがプーンとします。食べるたびに、やさしかったお母さんを思い出します。先生方からも、美味しかったとお礼を言われました。
京都は、京都人自らが、裏表がある土地だと言います。しかし、私か出会った小さな老舗の皆さんは、とても誠実でやさしく、初めての客を大切に扱ってくれました。小さな老舗だったから我儘を聞いていただけたのかもしれません。でも私だけのために、やらなくてもいい仕事をしてくれたという事に、私は感激したのです。