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  • 京都のビリヤード屋の常連になった私 今はなき「キヨモト」
  • 京都のビリヤード屋の常連になった私 今はなき「キヨモト」

    1995年、私は地方から京都にある大学に進学しました。京都は学校が多い町で、単純に数だけで言えば東京の次の大阪に匹敵するほどだったと記憶しています。私は当時、四条河原町の百貨店の地下食品売り場でアルバイトをしていました。一流と言われる百貨店でしたので、見た目は華やかな世界でしたが、裏方の作業内容は割とたいへんで、また、初めて付き合う大人たちとの人間関係のしんどさもあり、一日が終わることにはへとへとになっていました。

     

    そんなある日、疲れてぼんやり歩いていた帰り道、河原町三条に古びた怪しい店があることに気が付きました。看板には「玉」とだけ書かれています。何をするところだろう?と思い覗いてみますと、一人の老人が長い棒を持ち、机の上の小さな玉を突いて、穴に落としています。老人のかたわらには中年の男性が座っています。ビリヤードでした。

    私は二人があまりに無言で熱心でプレイしているのをみて、思わず近くで見たくなり中へ入りました。老人の方はマスターで、「ちょっと待っとってくんなはれ」と言って、試合に戻りました。

    それは見ている方が緊張するような、壮絶な試合でした。一方が突き始めると、よほどのことがない限り最後まで玉を落としました。あとで聞いたところによれば、中年の男性の方は明日ビリヤードの大きな大会があり、その練習としてこの店に立ち寄りマスターに相手をしてもらっていたそうです。

    私はしばらく二人のプレイを見ていただけだったのですが、不思議と邪険にされている感じは持ちませんでした。不思議なことなのですが、私がその場にいることで、私もこの勝負に関して、観客という重要な役割を持って参加している、そんな気持ちだったのです。白熱した試合でしたが、やがて決着がつきました。僅差で中年の男性の勝ちです。マスターは笑ってそのお客さんを見送りました。

    マスターは私に向き直り、ビリヤードについて経験があるか、と質問しました。私は全く経験がないことを言うと、マスターはキューの持ち方と突き方、玉を「打つ」ではなく「突く」ことが重要であること、マイキューを買った方が上達が早いこと、この店には若い常連が何人かいて腕を磨いていることなどを説明してくれました。あのような素晴らしい試合を見た後で、私がこの老人を尊敬しないわけがありません。その日から私はビリヤードに入門したのです。

    週に2,3回はアルバイトの帰りにこの店に寄るようになりました。アルバイトは半年ほどでやめてしまいましたが、その後もこの店には通いました。この店で、現在でも付き合いのある京都人の友人を得ることになります。京都人と言うと、冷たい、とか陰湿だ、とか悪いイメージがあります。しかしそのような悪いイメージを言う人は、おそらく京都人の友人がいない人なのだと思います。共通の趣味があれば仲良くなるし、また同年代であれば自然と話題も合うものです。その仲間たちと切磋琢磨しているうちに、私はいつの間にかこの店の常連と呼ばれる存在になっていました。

    分かれの日は突然やってきました。ある暑い夏の夜、マスターは寝れないからといって睡眠薬を飲んだところでふらついて倒れ、それきり寝たきりになってしまったのです。アルバイト代がでるほど利益がある店ではなかったので、店はしばらく常連で回して営業しましたが、ちょうど店が入っていたビルが解体する話が持ち上がり、とうとう店はなくなってしまいました。店の名は「キヨモト」と言います。

    社会人になって知りましたが、宮本輝の小説にもほんの少しだけ登場する、京都のビリヤードといえばかつては名の知られた老舗でした。
    店はなくなってずいぶん経ち、マスターも亡くなり、「キヨモト」のことを知っている人は少なくなりましたが、当時十代の私にとってこの店との出会いは忘れることができません。

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