高校の時の修学旅行で京都に行きました。ホテルの近くに扇子の専門店があり、お勧めと聞いたので行ってみました。
扇子やうちわを扱うお店は東京にもありますが、伝統芸能に関わる人向けといったような店構えで気軽に入れるお店ではありませんでした。
そのため、私が持っている扇子はデパートで購入したもので、柄もよくある柄でした。
京都にあったそのお店は、入り口が開け放たれていて、お土産屋さんのような明るい店構えなので、気軽に入ることができます。きちんと整理され、見やすく並べられた店内は清潔感がありました。
伝統芸能とは縁のなさそうな高校生の私たちが大勢で訪れても、イヤな顔せず、ゆっくりと見せていただけました。
専門店だけあって、種類も豊富です。飾るもの、日舞などで使う舞扇、普段使う扇子は男性用と女性用で大きさが違います。
扇子ってこんなにたくさんあるだと驚きました。
色も柄も豊富で見ているだけでうれしくなる程でした。
あれこれ見ているとどれも美しく、いろいろ欲しくなってしまいました。
修学旅行へ行く前に叔母からお小遣いをもらっていたので、叔母へのお土産を選びました。洋服にも着物でも違和感のなさそうな淡い色で、大人の女性が持っていてもおかしくなさそうな落ち着いた柄を選びました。
私用のお土産も欲しいと思いました。私は茶道クラブに所属していたので、お茶席で使えるような茶扇を購入しました。
小さめな扇子なので、持ち運びも簡単です。お茶席では挨拶する時に使います。
文化祭の時はお茶席でお菓子とお抹茶を味わっていただけます。
誰でもお茶席を利用できるように、お菓子をのせる懐紙と楊枝は開いた扇子の上にのせてお客様のところへ持って行きます。
私が選んだのはうすいピンク色の紙に撫子の花が描かれているものを選びました。
ピンク色の濃淡が美しく、撫子の花はお茶席にもふさわしいと思ったからです。
選んだときから使用する日が楽しみで仕方がありませんでした。
学校に戻って茶道クラブの稽古の日もいつも以上に熱心に稽古することができました。
高校を卒業して茶道クラブも卒業となってしまいました。
就職して仕事に追われる日が続き、茶道からは遠ざかってしまいました。
休みの日に旅行で訪れるお寺の境内や甘味処でお抹茶を頂くことはあっても
扇子を使うようなことはありませんでした。
でも、思い出のたくさん詰まった茶扇を処分することは出来ず、結婚して引越しをすることになっても新居に持って行きました。
やがて娘が生まれて、家事や育児に追われて茶道やお抹茶とは離れた生活になりました。
娘が知人のお琴の発表会を手伝うことになりました。
着物を着て、舞台に上がって演奏者に花束を渡す係です。
春先のことでしたが暑い日でした。
私は撫子柄の扇子のことを思い出し、娘に譲り、持たせました。
すっかり大人になってしまった母親の私には撫子柄の扇子は合わないと思ったからです。
20歳の娘の明るく元気な姿は撫子柄にぴったりです。着ていた着物もピンクだったので色もあっていました。
あとで娘に聞いたところ、会場は暑く、花束を受け取ったり準備したりと走り回ることも多かったそうです。
大きな扇子では目立ってしまってあおぐことができませんが、小さな茶扇ならあおぐことも出来るし、使わない時は帯にはさむことが出来るので邪魔にもならず使いやすかったと言っていました。
長い年月がたっても古臭くならない柄で、親子二代にわたって使える丈夫さ。
センスも技術も老舗ならではことだと今更ながら感慨深く思いました。
扇子を見るたびにお店の様子や店員さんの穏やかな表情、楽しかった修学旅行のことが思い出されます。
心のこもったものはそれを使う機能だけでなく、人の想いも受け止める懐の深さがあるなと思いました。