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    Ⅰ.株式会社 宇佐美松鶴堂 代表取締役 宇佐美 直秀様 ご講演

    西本願寺の換鐘をたたく画像がプロジェクターから流れ、その心地よい音色が響き渡った。一定時を示す鐘の音や同じく西本願寺の太鼓楼でたたかれる太鼓の音がこの辺りでは、時計代わりとして使われてきたという。

    そんな浄土真宗の総本山である本願寺のお足元で230年の歴史を刻んでこられた株式会社 宇佐美松鶴堂様が今回の京都 100 年企業研究会企業訪問セミナーの学びの場となった。

    1.企業の歴史

    代々「直八」を襲名していくしきたりとなっている宇佐美家の九代目当主予定者である直秀社長。何故予定かというと、先代直八のお父様がご存命中は予定なのである。

    しかし経営については平成14年に代表取締役社長に就任されている。黒をこよなく愛しておられ、今日のスーツも黒で統一され、決まっていた。ただ掛け軸の生地は黒がないので寂しいともおっしゃてられた。

    創業は天明年間(260 年前)であり、元々は御本山の御影像修復、御門主様の御染筆表装ならびに両御堂・書院の襖障子の表具工事、あわせて各寺院全国末寺檀家の御影像の御修復とその範囲を拡げていかれた。旧社屋の写真を見せていただいた。

    当然木造の屋敷なのだが、よく見ると扉の上に番号がついているという。これは昔は地方から檀家さんが修理する掛軸を持ってこられ、その修復の間、京都見物をして、この屋敷に寝泊りされていたそうで、その宿泊用の小部屋にそれぞれ番号がついていたとのこと。昔は優雅でのんびりした時代だったのでしょうね。

    時代が移り変わり、昭和の 50 年代になると、周りは火災のことも考え、次々に鉄筋コンクリート造のビルに変わっていく。宇佐美松鶴堂様の建屋もビルにはさまれてしまった。昭和 62 年に現在の社屋ビルが建てられた。その建築に将来を見据えた工夫が凝らされていた。特に大きな障壁画(縦横数メートルに及ぶ巨大なもの)を作業場に運び入れるためにガレージの天井に鉄のふたがあり、そこを開くとウィンチでその大きな障壁画を引き上げることが出来るようになっている。

    また火災から守るために消火設備も通常の水が出るスプリンクラーでは預り物に被害が出る。そこで火を感知して警報を鳴り響かせると 1 分後にガスが噴出し、無酸素状態にして消火する装置を設置した。

    その他にも預り物を大切に保管する保管庫では温度、湿度を一定にする空調が完備されている。国宝級、重要文化財級の作品に対しては特に気を使われた。ここで余談だが、国宝、重要文化財の所在地として日本で最も多いのは東京、次に京都(その差はそれほど多くない)次に奈良であった。

    東京は美術館が多いことがその要因だが、京都や奈良はやはり歴史ある古い神社・仏閣の多さが飛びぬけていることを裏付ける。現在は国宝、重要文化財を扱う会社を別会社として(松鶴堂)を立ち上げられ、京都国立博物館内で作業されている。

    本家のこちらでは都道府県ごとの文化財級や民間の方々の修復を扱われている。というのも自宅兼用の建物では国宝級の掛け軸等を取り扱うことが出来ないためである。また本家として社会貢献の一環から技術者の育成に力をいれている。

    2.事業内容

    絹の生地で出来ている掛け軸が虫食いなどで欠けているとしよう。いわばその欠けに「つぎ」を当てるわけだが、ここに日本人の技とこだわりがこもっている。先ずは欠けた生地の組織構成を分析し、同じ糸の太さ、目の粗さなどを判定する。

    事前に、西陣の織屋で織ってもらって電子線を当て人口的に劣化させていた「電子線劣化絹」の中から、同等の絹を選び出す。そして、欠損箇所に同じ形に切り取った「電子線劣化絹」を貼り付ける。これを補絹という。周りの状況に合わせ補絹した箇所に古色を付けるここで日本の表具屋としてのこだわりついてお聞きした。当社では修理した箇所をあえて分かるようにするそうだ。原画の字が欠落していても、調べることはしても書き加えることは一切しないのだ。これはあくまでオリジナリティを残すという意味と今後、後世において、また修理が必ず必要になることを考え、いつ、どの部分を、どのように修復したかをカルテとして記録しつつ、原画にその履歴を残すためである。ここに 100年先を見た経営の思いがあると感じた。

    逆に、中国では本物の修復においても全く分からないように完全に修復するそうだ。そのことを以前北京の故宮博物院の技術者と日中交流を行った際、お互いにびっくりしたことであったそうだ。同じ技術者でも国によってこれほどまでに対応が違うのは何が原因しているのであろう。

    合わせて中国との違いをもう一つお聞きした。故宮博物院の技術者は外部との交流をこれまで一切行わず、自身の技術のみが全てであり、技術革新を図ることもないそうだ。一方日本の技術者は常に海外(英国:大英博物館、米国、仏国)との交流を行い、新技術の提供及び習得をされている。どちらかといえば、海外の技術者を宇佐美松鶴堂に招聘し、時には先方の国家予算からの補助金で研究員として、時には正社員として雇用して、技術者を育てておられる。これまで英国の大英博物館の技術者を 2 名育てられた。現在もカナダから若い女性が勉強のため来られていた。もう 3 年目になるという。彼女の夢は、カナダにはこのような古い価値のあるものを修復する施設がないので、自分がそれを立上げ、国家の宝を守るという壮大なものだ。そうした意味でも宇佐美松鶴堂がされている人材育成はグローバルな社会貢献といえよう。

    次に材料について、お話をお聞きした。表具屋として必要な材料は「和紙、裂(生地)、糊」である。和紙は指定の紙すき業者に依頼し、裂も前述の通り指定業者に依頼している。しかし糊だけは自社製であるという。実は糊には種類あり、新糊と古糊がある。新糊は主に日々の作業に使用される。古糊は掛軸や巻子の裏打ちをするときの糊として使うそうだ。

    古糊は 10 年間寝かせて作られるが、毎年 1 回開封され、カビを取り、新たに井戸水を足されて、更に 1 年間寝かされる。これを 10 年繰り返される。10 年目には接着力としては弱いものであるが、それを使用することによって、掛軸がしっとりと柔らかく仕上がってくれる。実際匂いでみるとヨーグルトのような香りがした。

    実は技術者も基本的な技術習得に 10 年かかるそうである。作成した最初の年にはその糊を作成した新人の方の名前をその糊の甕(かめ)に貼り付けておき、その新人技術者とともに成長を見守っていくのだ。市販でも販売されているが、全く使用感が異なり、これまでずっとここで作ってきたのだ。1 年に 2 甕作ることで、将来の需要の変化、糊の出来具合が万一悪いときでも不足しないようにリスクヘッジを図られているという。老舗ならではの知恵である。

    もう一つリスクヘッジがあった。市販でも糊はあるといったが、あえて使わない理由としてお客様からお預かりした作品に万が一でも不具合なことが発生することは、それがたとえ 10 年後であっても糊のせいで作品に問題が生じることは避けなければならない。そのため新しいものを、特に合成のものを使うことはしないという。長年実証済みの天然物を使い続けること、これは残すべきものであると社長はおっしゃった。

    時代の流れとともに、和風建築から洋風建築となり、床の間のない家が増えている。 床の間がなければ先祖から伝わる掛け軸なども飾る場所がないということで古美術商に売ってしまったり、価値も分からず廃棄してしまったりする方がいる。その流れは顕著で近年一般家庭からの修復依頼も減少しており、同業者団体からの脱退者も増加している。

    宇佐美社長はこのままでは表具の技術、修復技術を継承する者が減っていく。宇佐美松鶴堂様では、先ほど述べた海外の技術者だけでなく、国内の表具屋の跡取りにも技術を教え、実家へ戻り後を継ぐ者もいる。 我々はここで一つの疑問が生じた。育てても、育てても宇佐美さんに残らず、皆いなくなってしまうと、御社の人材はなかなか充実しないのではとお尋ねした。 社長曰く「我々が育てた技術者の方々が日本国内、世界の国で活躍してくれているのなら、それで私は嬉しいのです。」古き伝統を重んじ、残していく。このことが社長の当社の存在意義と感じておられることが、参加した受講者の方々に大きな感動を与えたことは間違いない。

    3.家訓

    内容は 4 代目の直八氏が揮毫され、今もなお全従業員の心の糧となっている。社長曰く生活態度の戒めが結構多いのは、4 代目前後の当主に少し生活が乱れた方がいて、事業が少しおかしくなりかけたのではないか、だからそれを戒めるために文章として残したのではと、自らを振り返ってしみじみとおっしゃったのは、どう受け取るべきであろう。
    内容は以下の通り。

    宇佐美松鶴堂家訓
    一、苦は楽の種 楽は苦のたねとしるべし
    一、主と親とは むりなるものとおもへ 下人はたらぬものとしるべし
    一、子ほど親を思へ 子なきものは身にたくらへてちかき手本としるべし
    一、掟におぢよ 火におぢよ 分別なきものにおぢよ恩をわするる事なかれ
    一、欲と色と酒とをかたきと知るべし
    一、朝寝すべからず 咄の長座すべからず
    一、小さき事は分別せよ 大きなる事ハおどろくべからず
    一、分別は堪忍に ありとしるべし
    一、九分はらたず 十分はこぼるると しるべし
    正直五両
    思案三両
    堪忍四両
    分別二両
    用捨一両
    禁物
    無理慮外
    無心油断公事
    ぬからぬかほにて物しりかほ
    あさねすべからず
    女に心ゆるすべからず
    大酒のむべからず
    ものくるいすべからず
    火をおぢよ
    好物
    善一心 一哲
    仏心同時 諸道叶
    悪語起 善悪達嗜
    いただきたる恩を報ずべし
    よくにはなれよ
    ものにたいくつすべからず

    Ⅱ.社内見学

    工房の中を見させていただいた。中には入れないので、外からの見学であるが、その細かな作業、高度な技術、熟練のなせる技が職人さんの真剣な表情から見て取れた。

    Ⅲ.会員間ミーティング

    参加者の皆さんで社長のお話、社内見学を通し、気付いたこと、感想などを述べてもらった。

    【参加された会員の皆様の意見】
    ・ 継承していく中で、修復の履歴を残されているのがすばらしい。
    ・ 原子力研究所の電子線が事業に役立ち、古き伝統を守っている。昨今の原発問題を振り返っても、ものは使いようなのだと思う。
    ・ 研究会の会員企業は攻めの経営をされているところが多いが、宇佐美松鶴堂さんではポジティブな守りの強さに重きを置いていると感じた。これが信頼の力だと思う。
    ・ 社長の話の中に最長 25 年間もの継続事業があったとのこと。一般企業は目先の利益を追う傾向が強いが、将来を見ようとしている意識が必要な時代である。
    ・ 糊の用途をしっかりとその目的に合わせて使われている。同じ職人として昔からのやり方も大事なのだと認識した。

    Ⅳ.変えるべきもの

    今宇佐美松鶴堂は新しい事業にも果敢にチャレンジされている。京都府のファンド事業に認定され、継続中の事業である。
    それは、一般の方に掛け軸を知ってもらい、新しい使用法を提案していくものだ。

    床の間が少なくなっている住宅事情を踏まえ、時代に即した使用法として、古き良き掛け軸の様式に、CD ジャケット、絵葉書、写真、イラストなどを挿み込み、洋間の壁などに飾るというもの。この用法を広めるため、旅行客や地元の方に対し、体験教室を開催されている。今はこのようなレトロのものがおしゃれという感覚の若者も多く、新事業の成功を祈りたい。

    Ⅴ.最後に

    宇佐美松鶴堂様の社屋の屋上で記念写真を撮った。


    周りは西本願寺、東本願寺、東寺、が立ち並び、南に京都駅の駅ビルがそびえている。
    京都らしいロケーションに囲まれ、伝統の産業をしっかりと守り続ける宇佐美松鶴堂様。
    今日一日、会員の皆さんと共に京都の歴史を学び、伝統の技術に触れることができた。
    以上

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    この記事を書いた人
    京都100年企業
    林 勇作

    1965年8月28日生まれ
    大阪市出身

    今後の日本の中小企業の手本となる魅力ある強い企業体の創出に最大限の力を注ぎます。会員様と共に永続的な成長と発展を図り、会員様と共に幸せな人生を実現します。

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