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    小丸屋住井うちわは寛永元年(1624年)創業され、住井啓子さんが10代目のご当主にあたります。

    当時、公家であった住井家は時の帝より「伏見深草の真竹を使い、うちわ作りを差配せよ」との命を受け、深草の地の人々を動かし、天正年間(1573~92年)に「深草うちわ」を確立しました。その後の創業となります。

    祇園などの花街では、スナック、クラブ、お茶屋の舞妓さんの名前が書かれた京丸うちわも有名です。

    うちわの特徴を知るためには制作の工程も理解することが大切です。

    制作工程は、張り→撫ぜ→干し→かまきり→うちきり→スジいれ→六法積みの順で作られます。

    張り:和紙に竹の筋を張り付ける作業
    撫ぜ:表紙の裏にのりをつけ、ブラシでのりと紙を平たく伸ばす作業
    干し:塗り終わった扇子を干す
    かまきり:枠からはみ出た紙を切り落とす
    うちきり:枠からはみ出た竹の筋を切り落とす
    スジいれ:のりをスジの隅々に貼り付け、輪郭とスジをくっきり見せる。
    六法積み:かさばらないように重ねて干していく。

    扇子づくりにはこれだけの工程がありますが、一つ一つ手作りで、丁寧に作られています。扇子の最終仕上げには、気を入れ、念を入れ、思いを入れます。そうすることで、扇子らしいシャンとした形で出来上がります。

    扇子の材料には筋となる真竹か孟宗竹、表面に貼る和紙で出来ています。真竹は、触った時に粘りがあり、しっかりしています。孟宗竹は柔らかいため商品にする時には工夫が必要です。和紙は他との差別化のため、分厚いもの、品質の良いものを使っています。

    ここから述べる話のポイントは、残すべきものと変えるべきものを明確に区分するということ、三方良しの精神など長く続く秘訣などについて考えます。

    好きな仕事をすることでお客様の笑顔がみられる。家族当然の職人がいる

    ご当主の父親は、昔から体に染み付いた好きな仕事に関わること、お客様の感謝の言葉が嬉しくて87歳で亡くなられるぎりぎりまで仕事をされていました。好きな仕事でお客さんが喜ぶ顔を見て生きがいを感じること、また家族当然である職人たちと一緒に、苦しい時もいい時も助け合いながらお店を守って来たこと、それら全てがお客様との信頼関係を長く続けてきた秘訣です。

    時代に合わせて変えて来たもの、変わらないもの

    小丸屋も時代の変化に合わせて変わって来ました。以前、1000本の注文があった時に、メインの真竹が足りなくなり、注文に間に合わせるためには、孟宗竹を使わなければならなかったのです。なれない孟宗竹で作ったうちわには満足していませんでした。しかし、うちわはお客様の手元に10年、20年も残ります。いいうちわだけをお客さんの手元に残したい一心で、再度1000本作り直して納品したことがありました。その時の経験が変わるきっかけになりました。以来、真竹の不足を鑑み、孟宗竹と真竹の違いを知り、孟宗竹を使っても満足できるうちわを仕上げました。変化への努力を惜しまなかったことが時代に生き残るための秘訣だったと言います。

    時代の流れからお客様離れが進んでいましたが、同業者とも協力体制をとりながら、世間が安いプラスティック製の骨を使った商品に切り替える中、守るべきものは、素材のこだわり、商品の品質維持、加工の仕方、職人への教育の徹底を行い、一分野としての竹のうちわを世に残してきました。残すべきものは残し、変えるべきところは変えて、企業は続いていくのです。

     知恵はどこから生まれるのか、それは、掃除をすることから生まれる

    学生がインターンでくると最初は掃除をさせています。一から掃除の仕方を細かく教えています。これが意外と学生にはいい経験になり感謝されています。

    仕事は知恵がないとできません。どんな咄嗟のことでも知恵があれば、解決できます。しかも無駄がないように知恵を使うことで、もったいないが実感できます。

    知恵づくりは、きちんとした掃除、もったいない精神、ものに愛情を持つことから生まれます。その思いがあれば、自然とアイディアが出てきます。

    小丸屋は舞台の小道具、舞台用の扇子などでも有名です。
    舞台の時には、お客様が何を望んでいるのか寄り添い、観察しながら機転が利く行動をすること、咄嗟の判断をするには知恵がないとできないです。舞台の小道具などのデザインをするには、たくさんの舞台を見て、自分の中にイメージを持っている必要があます。お客様の状況、演目、舞台衣装、役の時代考証、時間帯、舞台の背景によって全部違うので、その全部を頭に入れてお客様の好みや性格によってきめ細かく調整します。そうすることでお客様が安心し、信頼を得ることができたと言います。

    ご当主は、狂言方という舞台進行の仕事もされています。それは緞帳を上げたり、演目にあわせて舞台の流れを把握しながら舞台の進行を手伝う役です。
    この仕事も父親の代から続けていて、何とか人に役に立ちたい気持ちと人に喜んでもらいたい気持ちで、最近は狂言方の仕事を指名されるほどと言います。

    このように長く続く秘訣は、一つだけではないようです。仕事以外にも人を思う気持ち、社会に貢献する気持ち、みんなと仲良くしたい気持ち、お客様だけでなく社員の喜ぶ気持ちなど、様々な気持ちが合わさった結果であると思います。

    ご当主は、このように言っています。
    「地道にこつこつと地についたことをしていく、きちんと地に足がついた、木で言えば最初は大木でなくてもいいから、根がしっかり張った木になってほしい。そして枝葉が実るように大地に栄養を与えて循環していき、段々年輪を重ねて大木になり、揺るぎのないものにしていきたい」
    これがご当主の思いであると言います。

    海外への技術伝授を通じた文化交流(社会貢献)

    最近はうちわ作りの技術を海外へ伝授していて、ものづくりを通して我々の気持ちを伝えております。そして心と心がつながることで文化交流になります。日本のうちわ作りを通して発展途上の国々が裕福になる手助けを行います。愛情をもって応援することが大事だと考えています。

    ご当主自身も仕事を通してお客様の喜びを感じることが幸せだと感じていて、職人と一緒にその幸せを分かち合うこと、給料だけではない+アルファで心の大切さを感じながら仕事を続けていると言います。

    その一例として、ラオスとの縁を大事にしています。色々な分野でラオスを支援しようということで、日本政府が3年間で4800万円の助成金を出しています。応援するために人を集めて、一つの町が出来るまでを支援しています。段々それが波及するようになり、今度はラオスでうちわの文化が広げていくことで、生活水準を改善できればと思っています。現地のデザイナーの育成にも丸亀の人たちの協力を得ながら今も進んでいます。

    *平成23年には、深草うちわ技術継承プロジェクトを立ち上げていて、現在もNPO団体京都・深草ふれあい隊・竹と緑で地域と協力しながら、深草うちわを復活させるために活動を続けているとのことです。

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    この記事を書いた人
    京都100年企業
    林 勇作

    1965年8月28日生まれ
    大阪市出身

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